信じて、見守る 

今まで2000人以上のクライアントさんと向き合ってきた中で、

さまざまな人生の出来事をみてきました。

その中で私個人としても、“なんとかして差し上げたい”と思う人にも、

たくさん出会い、心を揺さぶられる体験も少なくはありませんでした。

でもそんな時、いつも心に降りてくるメッセージは、“信じて、見守る”でした。

“その人間関係も・問題も、魂レベルで選んで生まれて来た人の、

学びを邪魔してはならない”

“その人が自分の意志と行動で問題に向き合い、乗り越えなければ、

 本質的に解決したことにはならないし、

後々には相手と状況を替えて繰り返すことになる。”

時に“信じて見守る”ことは、直接介入すること以上につらいこともあります。

相手から“なにもしてくれない!”と非難されても、その人が失敗するのがわかっていても、

自分の意志と行動で解決することを、本人以上に信じて見守る事が必要な時もあります。

相手が自分の子供や家族や親しい人であるほど、共依存の関係になる事がよくあります。

それは相手が本来、自分で解決するべき事を肩代わりしてやっている、

という事に気づかずに自分がやっているからです。

つまり“誰にとっての人生の問題なのか”という、“責任の境界線”が引けていない状態です。

その結果が上手くいかない場合たいていは、

“○○さんがこうしたほうが良いと言ったから、こうなった。”とか、

“自分は○○のせいで、こんな状況になった。”と、

良かれと思って言った行為が裏目にでることも。

これはアドバイスを受けた方の“甘え”の感情から、

“責任転嫁(責任の押し付け)”になるのですが、

こうなるとすでに双方の人間関係も、ドロ沼状態に。。。

例え親子であっても、どんなに親しい関係であっても、

“自分の人生の責任は、自分で取る!”事が前提です。

それをアドバイスする前に双方がキチンと理解した状況でなければ、

他人の人生に助言するべきではないと思います。

それはつまり、“助言を聞いても決断する結果は、どんな時も自分の責任で決める!”

という事でもあります。

これが本来、自分の事を誰よりも心配して思ってくれていた人との関係を壊さずに、

自立した人生を選択するポイントです。

人はどんなに不遇な状況に於いても、自分の可能性を誰かに信じてもらえていると、

それだけでも前に進むことができます。

例え何も助けにならない、まだ小さな我が子でも、

その存在自体が生きる力になる事もあります。

人は人生の問題に直面すると、それを無事に解決できるのか、

自分で自分の事が信じられなくなります。

そんな時に、このように言われたら人は強くなれます。

「あなたが自分の力で乗り越えられると、今、あなた以上に私はあなたを信じているよ。」

人生に、その人が乗り越えられない問題は起こりません。

なぜなら魂サイドから観ると、その問題をあえて選んで、起こして、

自分で乗り越える経験をしたくて、生まれてきたのですから。

それを今生で誰かに代わりに解決してもらっても、また来世で、

さらにハードルが上がったキツイ状況でもう一度やることになるのです。

魂の学びを、ナメてはいけませんよ(笑)

誰も見てはいなくても、ちゃんと自分で乗り越えたか、魂に嘘はつけないのです。

ならば今生で、こんな学びは終わりにしちゃったほうが良いでしょ?(笑)

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