セラピストとしての私を支えている記憶 

心から尊敬する心理セラピストの先生の講義を受講していた時、

まだ私自身、人生に迷って居て、心の癒しのプロセスの最中だったころの話です。

授業開始の時間を30分過ぎても、先生は教室にいらっしゃいませんでした。

セミナー会社のスタッフも困惑してて、「すみません、先生と連絡が取れません。」と。

1時間近くたった頃、先生はようやく教室に姿を現しました。

「すみません、車の中でずっと電話でクライアントさんと話していたもので。」

その電話の内容は、重度の神経症のクライアントさんが、

“今から命を絶ちます。先生、長い間、本当にお世話になりました。”

という最期の挨拶でした。

“この電話を切ったら、彼は本当に命を絶つ” そう感じた先生は、

車の中で懸命にクライアントさんと話しをしたそうです。

何十人もの受講生を待たせているとわかっては居ても、

たった1人のその命をつなぎ続けた先生の事を、

私はセラピストになった今、よく思い出します。

「もう死にたい」という言葉を、セッション中に直接聞くことは少なくても、

潜在的にその意志を持って、セラピストに会いに来る人は多いと感じます。

実際、セッションして何年か経ってから、「Kyokoさんに出会った頃は、本当は死にたかった」

と、思い出話のように話してくれるクライアントさんも何人かいらっしゃいました。

人が希望を持って生きているか、死に向かって心のベクトルが傾いているのか、

眼に見えたら良いのに、とよく思います。

でも、もしハッキリ見えてしまったら、

心理セラピストの多くは、怖くなって逃げ出したくなるでしょうね。

逆に言うと、プロとしてクライアントの心に向き合う時、そのような最悪の事態までも

想定範囲に入れて、覚悟を決めて向き合う事が出来ない人は、辞めたほうが良いと思います。

【死に向かっている心に、どこまで希望を持たせられるか】、

カウンセリングやセラピーの潜在的なミッションは、突き詰めて言えばこの一言に尽きます。

上っ面のきれいごとや慰めの言葉ではなく、クライアントに実感を持って

“希望を持って生きるためのプランを提示し、その為のモジベーションを感じてもらう”。

私が毎回、セッションでやっていることはこの繰り返しです。

その為には、様々な心理学やコーチング、

スピリチュアルなどのテクニックを総動員して使います。

セッション中の私は、けっこういつも明るく楽しそうに話してるねって、

よく言われるのですが、内心では最善の成果に向けてけっこう必死なんですよ(笑)

セッションを受ける前のお客様が、人生が問題だらけですべてうまくいかないように感じていたのが、

2~3時間のセッション後に、それまで思いもつかなかった解決方法と希望が見えた!と、

満面の笑顔で私のサロンを出て行かれる姿を見ると、心の中でガッツポーズをしたくなります。

たしかにネガティブに考えれば心理セラピストも、クライアントの心の瀕死状態を救えなければ、

そのセラピスト自身、最悪のリスクを背負います。

例え家族から責任を追及されなくても、セラピスト自身、罪悪感で廃業する人も少なくはないでしょう。

でもセッションが成功して、クライアントが再び希望を持って生きる力を持ち直した姿を見るたびに、

お金には替えられない無上の喜びを感じるのです。

それはきっと、私自身、自殺願望をずっと持ち続けてた頃、全身全霊をかけて他者の命と向き合ってた

あの尊敬する先生に出会った事が、私の人生も大きく変えてくださった事を、覚えているからだと思います。

コメント

  1. 黒石レイチェル より:

    とても感動しました
    恭子さんのいつも優しい笑顔の中には強い思いが
    込められてたのですね!
    今さら気ずくなんてね〜
    ゴメンなさいで恭子さんに出会えた事を感謝します。

    • kyoko より:

      ずっと見守っていてくれたレイチェルに、そんなふうに言ってもらえて
      本当にうれしいです♪♪
      ありがとう!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

お問合せ・申込みはこちら